2008/05/09(金)
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:10:00.85 ID:7ngzqpX+0
落ちてゆく夕日。
水面に映える、その淋しげな光を見下ろす土手。
川のそばで、きゃっきゃと走り回っている二つの影。
それをすぐ傍らで見守っている影が一つ。
時おり左腕をさすりながら、それは無意識の仕草なのだろうか。
土手沿いに座りこんだ柏葉巴は、ぼんやりと、川辺で遊ぶ人影を見つめていた。
腕をさする手を止め、天を仰ぐ。
夕方の風が、ひんやりと巴を駆け抜けていく。
その感覚に、巴はゆっくりと瞳を閉じた。
落ちてゆく夕日。
水面に映える、その淋しげな光を見下ろす土手。
川のそばで、きゃっきゃと走り回っている二つの影。
それをすぐ傍らで見守っている影が一つ。
時おり左腕をさすりながら、それは無意識の仕草なのだろうか。
土手沿いに座りこんだ柏葉巴は、ぼんやりと、川辺で遊ぶ人影を見つめていた。
腕をさする手を止め、天を仰ぐ。
夕方の風が、ひんやりと巴を駆け抜けていく。
その感覚に、巴はゆっくりと瞳を閉じた。
前作
ローゼンメイデン適当話「あれ…桜田君が出てこない…………」
真紅「あら…?私のくんくんセットがない……………」
ローゼンメイデンの話「ねえ、何を探しているの……?」
ローゼンメイデンの話「彼岸の花は秋に咲く」
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:11:07.03 ID:7ngzqpX+0
ずだだだだっと、階段を駆け降りる音が響く。
「トーモエー!!」
ぴょーんとジャンプし、玄関口の巴の胸に飛び込む雛苺。
「あらあら」
「うふふふ」
何度も頬をすり寄せ、嬉しそうに笑う。
「雛苺、少しは落ち着きなさい」
真紅が呆れたように呟く。
「はは」
ジュンが苦笑する。
「あら、そんな事ないわ。私も嬉しいもの」
頭を撫でながら巴も笑う。鞄を肩にかけ、
手いっぱいに見えるが、特に気にもとめていないようだ。
「まあいいや、ちょっと上がってくか?」
言いながらスリッパを用意するジュン。
「…ええ、そうね、そうするわ」
両手が塞がった状態で、巴が答えた。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:13:17.68 ID:7ngzqpX+0
「ふいーっ」
らしくなく、だらしのない声を漏らす。
ギッと音を立てて、背もたれを思い切り反らせる。
「…お父様…」
汗を拭うエンジュの傍らで、薔薇水晶が心配そうに見つめている。
いつもの眼帯はつけていない。
「今、何時だい?薔薇水晶」
「え……」
時計を見る。針は丁度4時を指している。
「4時……」
「そうか」
近づき、エンジュの左腕を撫でる薔薇水晶。
「…お茶を淹れてきます。少し休憩なさって…お父様」
「ん、いや、別にいいよ」
「いいから…」
そう言うと、薔薇水晶は奥へと消える。
その後ろ姿を見終え、エンジュはもう一度伸びをした。
「ん〜〜〜〜っ」
途端、ズギッ、と腰に痛みを覚える。
「いたたた」
さするエンジュ。
「…ずっと机に向かってたからなぁ……やれやれ」
もう一度時計を見るエンジュ。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:13:41.26 ID:gIplwSnHO
ねぇ何を探しているのの人か!?
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:16:09.83 ID:7ngzqpX+0
「…はい、紅茶でよろしかったですか?」
かちゃかちゃと音を立てながら、脇の机にお盆を置く。
「ああ、うん、ありがとう、薔薇水晶」
「んん」
背伸びをして、カップを一所懸命に渡そうとする薔薇水晶。
「ありがとう」
受け取り、頭を撫でるエンジュ。
「…お父様」
「うん?」
「…いいんです、私は別に…」
うつむく薔薇水晶。
「何が?」
「…私の不注意で壊してしまっただけで、別に…その…」
エンジュの膝に手を乗せる薔薇水晶。
「同じ眼帯を作っていただけるのは嬉しいです…でも…」
ズボンをいじり始める。
「それで、こんなにお父様に疲れる思いをさせるのは…私は…」
いじった部分をなでる。うつむいたままの薔薇水晶。
「………」
エンジュは黙っている。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:16:42.03 ID:ZXHV63mKO
>>1
俺はお前を待っていた
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:22:17.95 ID:7ngzqpX+0
「薔薇水晶」
呼ばれて顔を上げる。
「少し、休憩しようか」
「え」
ぽんぽんと頭をたたき、エプロンを外すエンジュ。
「近くに林のある公園があるんだ。散歩に行こう」
「散歩…?」
「どうしたんだい?嫌かい?」
かがみこみ、薔薇水晶を優しく見つめる。
「ん?」
「いいえ」
そう答え、薔薇水晶の口元が微笑む。
「お父様となら、どこへでも」
「そうか」
エンジュはにっこりと笑うと、薔薇水晶を抱きあげる。
そんなエンジュの胸元に身体を預けた薔薇水晶は、嬉しそうに眼を閉じた。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:22:40.96 ID:7ngzqpX+0
>>7そうッス
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:28:49.94 ID:7ngzqpX+0
「はい、これ今週のプリント」
20枚ほどの紙を机に出す巴。
「…何だコレ、この数学の量…」
「今二次関数やってるから。先生が熱心なのよ、今年の先生」
ふぅっと息を吐く。
「そうなのか…。あんまり数学はやりたくないんだけどなぁ」
「そうね、私もよ」
二人でははは、と笑う。
「…っと、お茶淹れてくるよ。ごめんな、気づかなくて」
「あら、いいのに。気にしないで、もう帰るから」
「あっ、ヒナが淹れるの」
がたっと立ち上がる。
「いいわよ、気持ちだけで」
「いいから座っててなの。美味しいのよ。真紅が選んだやつだから」
言いながら台所へ走る雛苺。
「あっ、ちょっと待ちなさい。貴女やり方知ってるの?」
追いかける真紅。
「ごめんなさいね、ちょっとだけ待ってて、巴」
こちらを振り向き、真紅が言った。
少しの後、がちゃがちゃと音が鳴り始める台所。
「…二人とも、優しいのね」
「…ああ、そうだな」
ジュンと巴は、その音の方を見て、少し笑った。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:34:35.33 ID:7ngzqpX+0
「う〜〜〜〜」
水を入れたやかんを、震えながらコンロの上へ乗せる雛苺。
「ちょっと、大丈夫なの?無茶はしないで」
踏み台の下から、真紅が声を掛ける。
「出来たのー」
踏み台から飛び降りる。
「じゃあ、次は……上の引き出しからダージリンを」
「上の引き出しなのね。わかったなの……あっ」
見上げる雛苺の視界に、傾くやかんが目に入った。次の瞬間、それは真紅目がけて
まっさかさまに落ちてきた。
「危ないの!」
「きゃっ」
どん、と真紅を突き飛ばす雛苺。バランスを崩したその背に、ごしゃっと
やかんがぶつかった。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:42:55.79 ID:7ngzqpX+0
「お、おい!!」
ばしゃああという音と同時に、ジュンと巴が声を上げた。
「雛苺!!真紅!!」
駆けつける二人。
「ひ、雛苺!」
真紅が、倒れ込んだ雛苺に駆け寄る。
「う……」
雛苺がうめいた。
「大丈夫!?」
助け起こす真紅。その後ろで、巴が不安そうに覗き込む。
「だ…大丈夫なの…へいき」
「私をかばって…あなた…」
うっすらと目を開ける雛苺。そんな妹を、ぎゅっと抱きしめる真紅。
「無茶はしないでと言ったでしょう?私は」
濡れた髪を撫でる。
「真紅は」
「えっ」
「真紅は…大丈夫だった?」
左手をゆっくりと上げ、真紅の頬を撫でる雛苺。
「大丈夫よ、大丈夫に決まってるじゃない…」
もう一度、ぎゅうっと抱きしめる。
「そう、なら…良かったの」
雛苺は微笑んだ。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:46:00.59 ID:7ngzqpX+0
「それじゃあ、私はこれで…」
玄関口の巴が、お辞儀をする。
「じゃあね、また来て頂戴」
右手を上げ、手を振る真紅。
「バイバイなの………う?」
雛苺が自らの右手を見やる。
「?…どうしたの」
それには答えず、今度は左手を上げる雛苺。
「変なの……」
もう一度、右手に視線を戻す。動かない。
「……」
雛苺の顔。左手、そして次に右手。
「雛苺、ちょっと服を脱いでみなさい」」
視線を順番に移した真紅が声を上げた。
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 08:56:36.91 ID:7ngzqpX+0
「これは……」
下着姿の雛苺の右肩。
「さっきのやかんだわ!」
丁度球体関節の部分にひびが入り、それが背中にかけて走っている。
「水が入ってたから、余計に…」
「雛苺、右手が上がらないのね?」
真紅が尋ねる。
「う……うん……」
戸惑った表情。
「どうする?直せる?」
巴がジュンを見やる。
「いや、これはさすがに……」
ぽりぽりと頭をかくジュン。
「………」
しばらく沈黙が流れる。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 09:05:30.15 ID:7ngzqpX+0
「そうだわ」
次に口を開いたのは巴だった。
「桜田くん」
「え」
「エンジュ先生のところ」
それを聞き、ジュンは目を丸くした。
チリン、チリンと音が鳴る。
「いらっしゃいませー」
棚を掃除していた白崎がこちらを見る。
「あれ、確か君は…」
「柏葉です。桜田くんの友だちの」
「ああ、ようこそ!…今日は、どうしたの?…そ、その子は?」
抱かれている雛苺を、覗きこむようにして見つめる。
「実は……」
事情を話し終えると、白崎は腕組みをした。
「う〜〜ん、先生が今ね、いないんだよ」
「いつ頃戻って来られますか?」
「うーん、そうだねぇ」
ちらっと時計を見る。
「…さっき、あ、コレ言っちゃっていいのかな?」
「プライバシーに関わる事でなければ、私は特に気にしないですよ」
「『休憩してくる』って、近くの公園に行ったんだよ」
「近く?」
巴が尋ねる。
「うん、あの、林のある」
「はい、わかります」
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 09:09:23.88 ID:7ngzqpX+0
「どうする?待っててもらうのもアレだしなぁ……」
考え込む様子の白崎。
「いいですよ、私たちもそこの公園で時間潰してきますから」
「そう?」
「ええ、大丈夫?雛苺」
雛苺が巴を見上げる。
「ヒナは大丈夫なの」
「ごめんなさいね。もうすぐ直るからね」
そう言って、巴は頭を撫でた。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 10:05:08.16 ID:02+ZOX31O
えっと…真紅が粉々になる話?の人?
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 10:23:15.15 ID:gIplwSnHO
>>27
そうだよ
あれは感動した
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 10:43:46.08 ID:7ngzqpX+0
噴水の周辺にハトが集まり、エサをついばんでいる。
「ふう、ちょっと休もうか」
ベンチに座り、抱いていた薔薇水晶を横に座らせる。
「……お父様、あれは?」
目の前のハトを指差し、何だかわからない、という風に首をかしげる薔薇水晶。
「ん、ああ、あれはね、ハトだよ。鳥さ」
「ハト……」
「あんまり外に出掛けた事ないからなぁ。結構新鮮な感じがするかい?」
「…ええ…」
そう呟き、きょろきょろと辺りを見回す薔薇水晶。
眼帯をしていた頃とは違い、何だか世界が開けてみえる。
「……」
空を見上げると、今度は黒い鳥が2、3羽ほど転回しているよのが見える。
「お父様、あれは…?」
「うん?」
背中を反らせ、見上げるエンジュ。
「うっ……いててて」
腰に痛みを覚え、さするエンジュ。
「大丈夫?お父様……無理を…しないで下さい…」
不安そうに、背中をさする薔薇水晶。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
再び見上げる。
「あれはカラスさ。結構頭のいい奴らでね。人間が捨てるゴミを見て、いつ、どこに行けば
人間たちに見つからないエサ場があるか、とか、何かされた時の報復まで
やってくれる奴らなんだよ」
「はあ」
「ああ見えて贅沢でね。光りモノなんか見つけたら、それを巣に持って帰る習性があったりもする」
「………」
ふと、左目を押さえている自分に気づく。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 10:51:58.44 ID:7ngzqpX+0
「どうしたんだい」
言われて我に返る薔薇水晶。
「えっ…いえ」
「眼帯がないと、やっぱり変な感じかい?」
「………」
しばらく目を押さえていたが、やがてその手を放す。
「違和感はあるけど……でも…」
「でも?」
旋回し続けるカラスを見上げる。
「こんなのも、いいかも……なんて」
そう言うと、エンジュに視線を向ける。
「………」
エンジュは一瞬目を丸くしたが、やがて小さく微笑んだ。
「そうか」
「もっと色々見てみたい…かも…」
うつむき、両手をもじもじとさせる。
「…」
そんな薔薇水晶に、エンジュは少し誇らしげな気分になる。
「薔薇水晶」
「…はい?」
「ちょっと待っててくれ。何か飲みたいものはあるかい?」
言いながら、ごそごそとポケットから財布を取り出す。
「飲みたい…もの…?」
首をかしげる。
「そうだよ、なんか甘いものとか、スカッとするものとか」
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 10:56:26.44 ID:YKrg03Y50
主役はばらしーか?wktk
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:01:25.01 ID:7ngzqpX+0
「いえ、私は…何でも…」
きょとんとしたままの薔薇水晶。
「そうか、じゃ、ちょっと適当に買ってこよう。ちょっと待っ……うぎっ!」
立ち上がろうとしたエンジュを、激しい痛みが襲う。バランスを崩し、地面に倒れこむ。
その衝撃で、ポケットから鍵やハンカチがこぼれ出た。
「おっ、お父様!」
「いたたたたた…」
苦痛に起き上がれない。
「こ…これは……」
「腰が痛いのですか…?」
顔を覗きこむ。
「あ、ああ、いや、大丈夫」
「無理なさらないで…」
「いや、大丈夫…」
言葉が途切れる。
「お父様…私が行ってきます…」
肩に手を置く。
「えっ、き、君が?」
「ええ…腰を痛めたのは、私の眼帯を作っていたためでしょう…?それなら、せめて恩返しを…」
心配そうな表情に、エンジュは少し考えこむ。
「……分かった。ここは、君の好意に甘えるとしよう」
そう言って、財布から500円玉を取り出す。
「お願いするよ、薔薇水晶」
「はい、お父様」
500円玉をぎゅっと握りしめ、薔薇水晶は駆け出した。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:16:08.50 ID:7ngzqpX+0
「あっ」
薔薇水晶の姿が見えなくなった瞬間、エンジュは声を上げた。
「自販機の場所、教えてないな……」
よろよろと立ちあがるエンジュ。
「ま、いいか、そのうち戻ってくるだろう」
ベンチに座り込む。
「無理しなきゃ良かったかな……イテテテ」
再び腰をさすった。
「そうだ、鍵とハンカチ…」
言い終わらないうち、伸ばした手の先を、黒い影がかすめていった。
「あっ」
カラスだった。
「しまった」
カラスが、鍵を咥えていったのだ。
「うわああああああ」
その叫び声は、巴と雛苺にも聴こえた。
「な、何?」
「向こうの方からなの」
巴は急ぎ足で噴水の方に向かう。
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:27:11.65 ID:7ngzqpX+0
たどり着いた時目にしたのは、ベンチのそばで倒れこんでいるエンジュの姿だった。
「せ、先生!?」
「えっ……あっ、き、君は…」
苦痛に顔を歪ませながら、エンジュが巴を確認する。
「どうしたんですか、何が?」
駆け寄る巴。
「じ、実は情けない事に………カラスに鍵を盗られてしまって……」
上を指差すエンジュ。
上空を見上げた巴と雛苺の目に、旋回するカラスが2羽。
その一方の顔付近で、キラキラ輝くものが見えた。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:27:34.00 ID:7ngzqpX+0
「…………」
林の中。
薔薇水晶は、困惑した表情で歩き回っていた。
「自販機が…ない……」
自販機どころか、帰り道が分からなくなってしまった。
「………」
きょろきょろと周囲を見回す。
木々の隙間から太陽が見えるものの、上空には出られそうもない。
無理に出れば、枝で自らを損傷してしまうのは目に見えていた。
「…」
吹き抜ける風。
ぶるっと震えながら、薔薇水晶は歩き続ける。
昼間だというのに、何かうす暗い。ブーツの先から伝わる、地面のひんやりとした感覚。
「………」
分からない。どこから自分がどうやって来たのか、思い出せない。
何も知らないというのがどういう事か、薔薇水晶はようやく理解し始めていた。
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:36:52.88 ID:7ngzqpX+0
「あれなの?」
雛苺が上空を見上げる。
「あ、ああ………」
エンジュが答えると、雛苺はおもむろに左手をカラスに向けた。
「あっ」
瞬間、苺わだちが左手から発現し、旋回するカラスを見事に捕らえる。
バサバサバサッという音、黒い羽根が舞う中心に、2羽のカラスが落下する。
ギャア、ギャア、と鳴くカラスが、鍵を吐きだす。
「おおっ」
よろめきながら、エンジュは素早くそれを回収した。
「ごめんなさいなの」
わだちを引っ込めると、カラスは逃げるようにその場を離れていった。
その後ろ姿に謝る雛苺。
「あ、ありがとう…」
腰をさすりながらお礼を言うエンジュ。
「い、いいえ……」
巴が戸惑っている。
「?どうしたんだい…?」
尋ねながら、エンジュはしまった、と思った。
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:44:09.97 ID:7ngzqpX+0
「あの…びっくり、しないんですか?」
巴からの質問。
そうだった、自分がどうして雛苺を見て驚かないのか、それに対しての質問があるのは
当然だった。
「あ、いや…その……」
エンジュは正直に話す事にした。ただしそれは、自分のもとに薔薇水晶がいる、という事に
ついてのみである。
「えっ………」
雛苺の顔が怯えに変わる。
「薔薇…水晶…?」
巴が首をかしげる。
「ヒナの妹なの」
「えっ、妹って…」
うつむいたままの雛苺に、巴は怪訝そうな顔をする。
「第7ドール」
「そうなの」
「その子は、今どこに?」
巴が尋ねる。
「あ」
それについてもしまった、と思った。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:47:01.11 ID:YKrg03Y50
エンジュぬかりすぎw
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:48:29.33 ID:7ngzqpX+0
「じゃあ、私、探してきますから」
捜索を巴に頼み、エンジュと雛苺は噴水前に残る事になった。
「……」
沈黙が流れる。
「あ、あの」
エンジュが口を開く。
「ありがとう、さっきは」
「……」
雛苺は答えない。無理もないか、とエンジュは思った。
薔薇水晶といえば、今の彼女たちにとって姉妹というより、脅威というほかない。
「…巴は、先生って、呼んでたの」
雛苺がうつむいたまま、口を開いた。
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 11:54:22.15 ID:7ngzqpX+0
エンジュが雛苺の方を向く。
「うぐっ」
瞬間の痛み。
「いててて」
「ど、どうしたの…?」
驚く雛苺。
「じ、実は腰を痛めてて、ね…」
あまりの苦痛に、顔を伏せる。
「ぐうううう」
「お、落ち着いてなの、ヒナがさすってあげるの」
しばらくさすっていると、エンジュが少し顔を上げた。
「あ、ありがとう…」
その視線の先で、心配そうに雛苺が左手でさすっている。
対する右手が、ぴくりとも動かない事に、エンジュは疑問を持った。
「…ど、どうしたんだい?」
「えっ」
手が止まる。
「右手、どうかしたの?」
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:01:53.73 ID:7ngzqpX+0
雛苺はしばらくエンジュを見つめていたが、やがて再びさすり始める。
「壊れてるの」
ぽつりと呟く。
「……そうかい…」
視線を噴水に向ける。
「ごめんよ、変な事訊いて」
「いいの、ヒナのせいだから」
「………」
再びの沈黙。
「…よく、ここには来るの?」
「うん?」
再び雛苺を見つめるエンジュ。
「ううん、ただ…」
「ただ?」
「ヒナは、薔薇水晶が怖いの。真紅たちが、それでいつも悩んでるの」
うつむいたまま。
「でも」
手が止まる。
「あなたは、なんだか優しいの。お父様みたいなの」
そう言って、エンジュを見上げる雛苺。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:11:17.02 ID:7ngzqpX+0
「ヒナね、前、トモエにものすごく迷惑をかけちゃった事があったの」
黙って聞いているエンジュ。
「その時、真紅にケガさせちゃったの。ヒナがケガさせようと思って、そうしたの」
「……」
「でも、今は真紅はすごく優しいし、ヒナも、真紅の事が大好きなの」
「……」
「水銀燈もなの」
「……」
「前はほっぺたに傷つけられたり、羽根で攻撃されたりしてたの」
「……」
「すごく怖かったし、水銀燈には会いたくなかったの」
「……」
「でも……今は水銀燈の事が、大好きになったの」
「……」
はっとエンジュは気付いた。雛苺の眼に、涙が浮かんでいる。
「でも……」
「……」
「もう、水銀燈には会えないの…」
「……どうして?」
「真紅が言ってたわ」
「……」
「『水銀燈は、私の中に一緒にいる』って」
「……」
「真紅は泣いてたの」
「…」
「ヒナにはよく分からないけれど、その時、『ああ、もう水銀燈には会えない』って思ったの」
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:22:24.92 ID:7ngzqpX+0
「ヒナ、こう思うのよ」
「…」
「ヒナはいつか、この世界から消えないといけない」
「………」
「でも、それはヒナが選んだ事」
「…」
「皆選んでるのよ、きっと」
「………」
「水銀燈だって、真紅だって…」
「………」
「ヒナが怖がってる薔薇水晶だって」
「………」
「薔薇水晶は、あなたが優しいから、きっとここにいるのよ」
微笑む雛苺。
その笑顔に、エンジュは思わず視線を逸らす。
「きっと、薔薇水晶も、本当は優しいんだと思うの、ヒナ」
「………」
「ヒナに対してじゃなくて」
「………」
「あなたや、この公園に対して」
「……」
再び視線を雛苺に向ける。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:23:00.22 ID:7ngzqpX+0
「あの子はね、雛苺」
「どうしたの?」
「今まで、あまり外に出た事がないんだ」
「外に?」
「だから、この公園も初めて来たんだ、今日」
「…そうなの」
「ああ、だから、この噴水も知らないし」
「……」
「ハトも」
「…」
「自販機のある場所も」
「……」
「人は変わるという事も」
「……」
「何も知らないんだ」
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:31:37.05 ID:g3DZTEkc0
( ;∀;)・・・・・・・
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:46:46.21 ID:7ngzqpX+0
「そうなの…」
「ああ」
しばらくさすり続ける。
「ありがとう、雛苺」
雛苺がエンジュを見上げる。
「大分楽になったよ、ありがとう」
一瞬きょとんとするが、すぐに笑顔に変わる。
「どういたしましてなの」
雛苺は深々とお辞儀をした。
「紫色の…お人形さん…ねぇ…」
林の中、注意深く、ゆっくりと巴は歩を進めていた。
「末の妹……」
巴は彼女の身を案じた。
真紅と再契約し、雛苺は桜田家へと戻った。それから、金糸雀もよく
遊びにくるようになり、翠星石、蒼星石がいなくなった空虚を埋めるかのように、
再び真紅たちに笑顔が戻りつつあった。
まだ幼さの残る雛苺だが、あれから一回り成長したように、巴には思えた。
そんな雛苺の、唯一の妹。
純粋に、その存在に興味があったし、また、そんな子が迷子になってしまって、
大丈夫なのだろうかとも考えた。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 12:54:25.57 ID:7ngzqpX+0
「あら?」
巴が薔薇水晶を見つけたのは、探し始めてから10分ほど経った頃だった。
木の陰にうずくまっている、紫色の影。
たたたっと駆け寄る。
薔薇水晶は音に反応したのか、顔を上げ、近づいてくる巴をぼんやり見つめていた。
「………」
疲れてしまったのか、薔薇水晶は一言も喋ろうとしなかった。
巴が事情を簡単に説明しても、一向に立ち上がろうとしない。
「………」
巴は困り果ててしまった。
「ね、貴女のマスターが待ってるわよ」
しゃがみこみ、頭を撫でようとする巴。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 13:13:33.29 ID:7ngzqpX+0
さらさらな髪が巴の手に触れる。
「………」
顔を伏せたままの薔薇水晶から、ぐすっ、という音が聞こえた。
それでようやく、泣いているのだと巴は気付いた。
ごそごそとハンカチを取りだす巴。
「泣いてちゃ、美人が台無しよ」
伏せたままの顔。その頬を、ハンカチで優しく撫でると、薔薇水晶がようやく
顔を上げた。
巴の拭くままに、目を閉じて任せている。
「(甘えんぼなのね、この子…)」
一通り拭き終えると、泣き腫らした目で、薔薇水晶がこちらを見つめていた。
「落ち着いた?」
巴が尋ねる。
「……」
薔薇水晶は答えない。
「歩ける?」
「……」
答えず、うつむく薔薇水晶。
巴は少し考え、口を開いた。
「抱っこさせて。貴女の大切な人が待ってるから。ね?」
ゆっくりと抱き上げる巴。
薔薇水晶は何も抵抗せず、巴が抱き上げたところで、その肩をぎゅっとつかんだ。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 13:23:11.39 ID:7ngzqpX+0
「あっ」
二人で並んでベンチに座っているところ、エンジュが声を上げる。
「薔薇水晶」
雛苺はびくっとして、そちらを見やる。
巴に抱かれている薔薇水晶がこちらを向き、視線が合った。
薔薇水晶は雛苺の姿を視認し、両目を大きく見開く。
それを見た巴は、無意識のうちにギュッと薔薇水晶を抱き締める。
エンジュが一瞬雛苺に視線を送る。
そしてその雛苺の表情には、警戒と恐怖が浮かんでいた。
「薔薇水晶!」
思わず立ち上がり、駆け寄るエンジュ。
薔薇水晶はエンジュの方に手を伸ばした。泣き腫らした目。
何度も頭を撫でるエンジュ。
「ごめんよ、薔薇水晶」
抱き締めると、薔薇水晶も肩をぎゅっとつかんだ。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 13:50:45.44 ID:7ngzqpX+0
「ああ、それでウチに来たんだね」
巴の話を聞き、腕組みをするエンジュ。
応接室。エンジュが座っている向かいに、巴と雛苺が座っている。
「ええ、修理ってどのくらい期間かかりますか?」
「そうだな…大体、2日くらい見ててくれれば」
「その間、雛苺は?」
「ウチで預かろう」
エンジュが即答した。
「ねえ、ヒナ、別に…」
服を脱ぎ、下半身には布を巻いている雛苺。
「何だい?」
問いかけるエンジュ。
雛苺は、ちらっと奥の部屋を見やる。入口で薔薇水晶が体育座りをし、壁を見つめている。
こちらの視線に気づいたようだ。おもむろに視線を向ける薔薇水晶。
それに反応し、雛苺は思わず視線を逸らす。
「ヒナ、家にいるのがいいの」
「家に?」
「うん」
「それは仕方がないだろう」
「仕方が?」
手を休めるエンジュ。
「誰だって、病気になったり怪我をすれば、病院に行く」
「……」
「行かないと治らないからね」
「……」
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 13:51:06.76 ID:7ngzqpX+0
「勿論、皆、進んでそんなところに行きたくはない。でも」
「……」
「行かなきゃ、ずっと治らず、ずっと皆が心配する」
「……」
「分かるだろう?彼女の気持ちは」
「……」
こくりと頷く雛苺。
「分かったの」
「ん、いい子だ」
エンジュは、再び作業を開始した。
「ちょっと出てくるから、二人でいい子にしててね」
エンジュと白崎が買い物に出掛け、雛苺は出ていったドアを
見つめ続ける。
怖かった。やはり、薔薇水晶は怖かった。
「……」
なるべく視線を合わさないようにする雛苺。しかし、
コツ、コツ、と音がして、薔薇水晶はこちらに近づいてきた。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 14:21:53.67 ID:7ngzqpX+0
「な……」
足音が止まる。
「なに…?」
顔を上げられないまま、雛苺が尋ねる。
「……別に……」
恐る恐る薔薇水晶を見やる雛苺。
「お父様が…お礼を言ってた…」
相変わらずの無表情。
「私も……」
目を伏せる。
「お礼を言っておいて…貴女の…マスターに」
「…マスター?」
「あの…女の人に」
「……」
それだけ言うと、薔薇水晶は踵を返し、隣の部屋へと戻ってゆく。
「……」
雛苺は、その後ろ姿をしばらく見つめていた。
なんだか少しだけ、恐怖がやわらいだ気がする。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 14:28:23.42 ID:7ngzqpX+0
「えっ」
真紅が声を上げた。
巴が一部始終を話したところで、ジュンと真紅の表情が変わったのだ。
「薔薇水晶が……」
「知ってるの?」
首をかしげる巴。
「ん、あ、ちょっとな」
誤魔化すジュン。
「そう」
巴は息をふうっと吐き、鞄を肩にかけ直す。
「じゃ、また何かあったら連絡頂戴、桜田くん」
「ん、ああ、わかったよ」
巴を見送り、真紅はすぐに納戸へと向かった。
「お、おい真紅」
「何?」
「どこ行くんだよ」
足を止める真紅。
「決まってるじゃない、雛苺のいるところよ」
「そ、それなら僕も――」
振り向く真紅。
「貴方が来ると、不法侵入になるのではなくて?」
「う…ま、まあ」
「いいから、貴方は上にいて。指輪が熱くなった時にだけ、来て頂戴」
それだけ言うと、真紅は鏡の向こうへ消えていった。
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 14:36:52.74 ID:7ngzqpX+0
その来訪に気づいたのは、雛苺の方だった。
「あっ、真紅」
未だ動かぬ右手のせいで、顔しか向けられない雛苺。
「雛苺!大丈夫なの!?」
声を聞き、薔薇水晶が奥から出てくる。
「……真紅」
ドアに手をやり、こちらを見据える。
「薔薇水晶」
視線に向き直り、対峙する二人。
「………」
沈黙。
雛苺は、おろおろと交互に二人を見つめる。
「…何しに、来たの?」
先に口を開いたのは、薔薇水晶だった。
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 14:46:13.79 ID:7ngzqpX+0
「何って」
「………」
「そっちこそ、何を企んでるの」
「………」
「雛苺のローザミスティカでも奪おうって魂胆?」
「やめてなの、真紅」
雛苺が咎める。
「黙ってて」
「黙らないの!薔薇水晶は何にも、してないよ?」
振り返る真紅。
「……雛苺…」
薔薇水晶が口を開く。
「ヒナはただ…手を直してもらいに来たの。それ以外は何にもないの」
「………」
真紅は黙っていたが、やがてほうっと息を深く吐いた。
「そう」
薔薇水晶に向き直る真紅。
「悪かったわ、薔薇水晶。忘れて頂戴」
ぺこりと頭を下げる。
それを受けて、薔薇水晶がこちらに歩み寄ってくる。
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 14:57:41.83 ID:7ngzqpX+0
「…別に、気にしてないから…」
真紅を通り過ぎ、そこで止まる。
「真紅」
頭を上げる。
「お茶でも飲んでいかない…?」
振り返らずに、薔薇水晶は続けた。
「まあ!」
真紅が感嘆の声を上げた。
「美味しいのー」
「ば…薔薇水晶…貴女、こんな才があったなんて……」
カップを持ったまま、驚愕する真紅。
「…え」
「美味しいわ。薔薇水晶、貴女の淹れた紅茶は」
そこで真紅が、初めて笑った。
「……」
薔薇水晶は少し驚いたような顔をしたが、安心したように、口元をほころばせた。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 15:00:35.66 ID:7ngzqpX+0
「眼帯はどうしたの?」
真紅が問いかける。
「私が…壊してしまって…」
左目を押さえる薔薇水晶。
「そう。ちょっと新鮮ね」
「新鮮…?」
「ええ、美人よ、とても」
ふふっと笑う真紅。
「そういえば、どうして眼帯なんてつけてたの?」
雛苺が尋ねる。
「…それは」
「……」
「…涙を隠して…」
「涙?」
目を伏せる薔薇水晶。
「それ以上は…言えない…」
「………」
沈黙。
「何だか湿っぽい質問をしてしまったわね。許して頂戴」
「ごめんなの…」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 15:04:20.60 ID:7ngzqpX+0
そう言って、鏡に手を当てる真紅。
「帰ってきたようね」
「……」
「私はこれでおいとまするわ。悪かったわ、本当に」
そう言って、鏡に手を当てる真紅。
「薔薇水晶」
「…なに?」
「涙は隠すものじゃないのよ。流した涙が、私たちに大切な事を教えてくれるのだから」
振り返る真紅。
「ね」
そう言うと、真紅は鏡の向こうに消えた。
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 15:11:34.18 ID:7ngzqpX+0
いらん一文が入ってるな ごめんね
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 15:12:06.46 ID:7ngzqpX+0
「お帰りーなのー」
エンジュと白崎に声をかける雛苺。
「ああ、ただいま」
「どこ行ってたの?」
「君を直す材料を買いにね、別のお店へ行ってたんだよ」
「ふうん」
「さ、夕食の前に、作業の続きをしようか」
「了解なの」
じっと見つめていた薔薇水晶は、その場を離れる。
「ねー、薔薇水晶の淹れる紅茶、すっごく美味しいのよ」
「本当かい?そりゃ良かった」
ははは、と笑う二人。
「ね、薔薇……あれ、薔薇水晶?」
「他の部屋にでも行ってるんじゃないかな」
「えー?でもさっきまでいたのに…」
「そのうち戻ってくるさ」
気にも留めていないエンジュ。
部屋の中のエアコンが、なんだか雛苺には寒々しく感じられた。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 17:37:12.41 ID:7ngzqpX+0
ぷうんと鼻をつくカビのにおい。
地下の倉庫の片隅。
段ボールの上で、薔薇水晶がうずくまっている。
妙な感覚があった。
エンジュのために真紅たちと闘っていた自分。だが、そのエンジュは、
特に雛苺に対して嫌悪を示していない。
最初こそ、雛苺や真紅から警戒を感じ取っていたが、特に向こうから
何か仕掛けてくる事はせず、むしろ何か、距離が近づいたような気さえした。
「………」
自分がどうあるべきなのか。
「………」
それが、今の薔薇水晶にはよく分からない。
「…そうだ…お父様に…聞いてみよう…」
そう呟くと、膝に顔をうずめる。
今、結論は出たのではないのか?
違うのだろうか?
「………」
何かが、薔薇水晶の心の中に引っ掛かっていた。
目を閉じる。
雛苺が、エンジュと楽しそうに話している。
「………」
心の中のつっかえが、もやもやしたものに変わり始めたのは、そこからだった。
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 17:44:54.97 ID:7ngzqpX+0
「あーん」
右手が使えない雛苺に、エンジュが食べさせる。
「美味しいの」
「そうかい?そう言ってくれると作りがいがあるよ」
「センセイが作ったの?」
「そうだよ、少しは自信があるんだ」
「へえ、すごいなの」
「………」
3人での食事。
薔薇水晶は、ちらっとエンジュを見やる。
時おり、ははは、と笑うエンジュ。
『どうだい?美味しいかい?』
『……はい、お父様』
いつもは、そんな会話だけ。優しくこちらに微笑むだけ。
「………」
こんなに楽しそうに見えるのは、きっと雛苺がいるから。
「………」
自分も、もっと何か話すべきなのだろうか。
「どうしたんだい?薔薇水晶。美味しく、ないのかい?」
はっと我に返る。
「い、いえ…美味しい、です……」
「そうか。何だか元気がないなぁ」
「いえ、そんな事……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 17:51:18.80 ID:7ngzqpX+0
「………」
「どうしたの、薔薇水晶?」
雛苺が心配そうにこちらを見つめる。
「…っ」
途端、ぱくぱくと詰め込み始める薔薇水晶。
「ははっ、そんなに詰め込まなくても、まだ時間はあるよ、薔薇水晶」
「んぐっ、ごほっ、ごほっ」
むせながらも強引に飲み込む。
「ば、薔薇水晶」
雛苺が椅子を降り、背中をさする。
「どうしたんだい、らしくないなぁ」
ははっと笑うエンジュ。
「…い、いえ…ご、御馳走様…でした」
そう言うと椅子を降り、薔薇水晶は足早に二階へ上がっていった。
「薔薇水晶って、早食いなの?」
「ん」
かちゃ、とスプーンを置くエンジュ。
「いつもは僕に合わせて食事するよ」
「何かあったのかなぁ?」
「まあ、大丈夫だよ、気にしないでくれ、雛苺」
食事を続けるエンジュに対し、雛苺は、少しの不安を抱いた。
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:03:21.77 ID:7ngzqpX+0
次の日。
「そうかい?ははは」
エンジュはよく笑うようになった。
雛苺が来てからである。来てからと言っても昨日からだが、
作業場で黙々と仕事をする姿はない。
「………」
物陰から、雛苺とエンジュを見つめる薔薇水晶。
そして、こうして薔薇水晶が部屋に閉じこもるようになったのも、
昨日からだった。
「………」
自分はどこにいればいいのだろうか。
作業場にいても邪魔になるだけだし、店先をうろつくわけにもいかない。
けれど、部屋で孤独に過ごしたくはない。お父様と一緒にいたい。
「………」
考え始めると胸が苦しくなる。
朝が来て、もう何時間も、作業場をこっそり見たり、
部屋で膝を抱えたりするのを繰り返している。
「お父様…」
部屋に戻り、プラスチックのケースの中に、修理中の眼帯があるのに気づく。
そうだ、あれから、この眼帯の時間も止まったままなのだ。
エンジュは雛苺にかまけて、自分の事を忘れているかのようだ。
「……お父様」
涙を止めるはずの眼帯を見つめ、薔薇水晶は涙を流していた。
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:09:53.13 ID:7ngzqpX+0
「どうも、ありがとうございました」
入口で、柏葉巴がお礼を言っている。
「ありがとうなの!また来るの!」
その腕に抱かれている雛苺が、右手で手を振っている。
「ああ、一週間くらいしてから、一応具合だけ確かめさせてくれ」
「わかりました。また、こちらからご連絡させていただきます」
そう言って、巴はぺこりと頭を下げた。
「ふうーっ」
大きく伸びをし、エンジュがこちらに戻ってくる。
「お父様」
薔薇水晶が駆け寄る。
「ん?どうしたい、薔薇水晶」
「………」
何も言わず、エプロンの端をつかむ。
「淋しかったのかい?」
「………!」
「ごめんね、相手してやれなくて」
薔薇水晶はいつの間にか泣いていた。
「よいしょっと」
抱きあげるエンジュ。
「久し振りだろう?」
その首に腕を回し、薔薇水晶は声を上げて泣いた。
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:29:28.10 ID:7ngzqpX+0
桜田家。
真紅とジュンが、背中合わせに本を読んでいる。その部屋の隅には、以前はなかった
スペースが設けてある。
アンティークショップで買ったチーク材の本棚に、黒い布が掛けられている。
棚の周囲四隅には花瓶が置いてあり、棚の中にシルクが敷き詰めてある。
棚の前にはカップに注いだ紅茶。毎日真紅が入れ替えているものだ。
その紅茶の奥、白いシルクの上で、水銀燈が静かに眠り続けていた。
「大丈夫かしら」
ぱたんと本を閉じ、窓の外を見やる。
「大丈夫だろ、心配しすぎだよ」
本から目を離さずに答えるジュン。
「…薄情なのね」
「え」
ぱたんと本を閉じ、窓の外を見やる。
「ジュン」
窓から道路を見下ろす真紅。
「ん?」
「私はもう、誰も失いたくないの」
「………」
ジュンを見つめる真紅。その瞳は、悲しげで、今にも泣きそうである。
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:30:06.23 ID:7ngzqpX+0
「いつ、どこで、誰がどうなるか」
「……」
「そんなの分からないのよ」
「……」
「お願いだから、そんな事言わないで、貴方が」
うつむくジュン。
「…ごめん」
言いながら、ちらっと水銀燈を見やる。
ぼふっとベッドに倒れこむ真紅。
「…いいえ、私が言いすぎたのだわ」
「……」
「大丈夫よ…きっと」
真紅も、ちらっと水銀燈を見やった。
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:41:24.59 ID:7ngzqpX+0
ピンポーン
インターホンが鳴る。
「!!」
弾かれたように真紅が飛び出し、一階へと降りていく。
「ただいまーなのー」
巴に抱かれた雛苺が、右手で手を振っている。
「雛苺…!」
ほっと一息つく真紅。
「無事でよかった…!」
「ごめんね、真紅、迷惑かけちゃったの…」
飛び降り、真紅のもとへ駆け寄る雛苺。
「もう、どこにも行かないわよね?」
雛苺をぎゅっと抱き締める真紅。
遅れて、ジュンが降りてくる。
「柏葉、ありがとな」
「いいえ」
「もう、オッケーだって?」
ふるふると首を横に振る。
「一週間後に、具合だけ見させてくれって」
「じゃあ、もう一回行くようになるんだな」
「ええ」
93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:41:50.01 ID:7ngzqpX+0
真紅が見上げる。
「え、もういいじゃない。普通に動くんでしょう?」
「いやまあ、そうだけどさ、真紅」
しゃがむジュン。
「点検っていう言葉があるだろう」
「そうだけど」
雛苺の髪を撫でる。
「大丈夫だよ、何もないって」
「でも!」
「お前も言ってたじゃないか、似たような感じの事」
「え」
「『貴方が直したものは、貴方がキチンと確認する。常識でしょう』」
「あ、あら…そんな昔の事を……」
「まあ責任ってあるし。大丈夫だよ。何もないって」
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:45:48.72 ID:7ngzqpX+0
ジュンの言葉に、真紅は渋々納得した。
「ふんふふんふふ〜ん♪」
リビングに寝そべる雛苺。
「あら、何描いてるの?」
リモコンを動かしながら、真紅が尋ねる。
「えっとねぇ、先生と薔薇水晶なの」
「へえ」
「何だか、薔薇水晶淋しそうだったの……だから、元気になってもらうの」
ため息をつく真紅。
「あの子が淋しそうなのはいつもの事でしょう。ああいうキャラなんじゃないのかしら」
「いいの、お礼なの」
そう言って、色えんぴつを動かし続けた。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 18:52:51.68 ID:7ngzqpX+0
「出来たのー!」
一時間ほど経って、雛苺が歓声を上げた。
「ねぇねぇ、ジュン、見てなの」
ソファに座っているジュンに見せる。
「どれどれ…
………
うわぁ……なんだこれは……」
引きつり笑いを浮かべるジュン。
「ぶー!ジュン、酷いなの!いいもん、真紅に見てもらうんだから!」
むくれる雛苺。
「何…これは…ぶどうとパイナップルにしか見えないわ」
笑いをこらえながら、真紅が評価する。
「んもぅ、二人とも何なの!ゼッタイ薔薇水晶と先生だって分かるんだからぁ!」
雛苺は憤慨しながら、二階に上がっていった。
「全く…相変わらずだな、あいつ…」
やれやれ、といった風にジュンが息を吐く。
「ええ、でも…」
ちらっと、先ほど出ていったドアを見つめる真紅。
「あの子が誰よりも優しい、証拠なのよ」
ふふっと、真紅は笑った。
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 19:05:57.00 ID:7ngzqpX+0
一週間後。
「こんにちはーなのー」
その声が、薔薇水晶の胸に、突き刺さるように聞こえた。
「おっ、来たな」
がたっと立ち上がり、入口へと向かうエンジュ。
「あ……」
薔薇水晶は何も云えず、ただ、隅の椅子に座っている事しか出来なかった。
入口で、ジュンや雛苺がエンジュと話している。
「や…」
鼓動が速くなるのを感じる。
「…戻ってきて…」
呟く薔薇水晶。その声は届くはずもなく、彼女はうつむいた。
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 19:06:16.56 ID:7ngzqpX+0
「少し出掛けてくるから、雛苺、薔薇水晶の相手をしてやっててくれ」
「わかったなの」
ジュンたちが帰り、エンジュは出ていってしまった。夕方にはもう一度迎えに来る
事になっている。
「………」
「ねぇねぇ、薔薇水晶」
雛苺の明るい声が、今の自分にはとても痛い。
「………なに」
「あのねぇ、ヒナねぇ、今日、プレゼント持ってきたのよ」
懐から、ごそごそと紙を取り出す。
「はい、コレ」
「……なに、これ?」
開けてみるが、薔薇水晶にはよくわからない。
「…プレゼント?」
「うん、ヒナ、先生の事だーい好きだから」
えへへ、と笑う雛苺。
そこで自分の両目が吊り上がるのを、薔薇水晶は感じた。
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 19:19:59.88 ID:Qmq+GEzqO
ゴクリ…
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2008/05/07(水) 20:32:11.74 ID:7ngzqpX+0
「…やめて」
「え」
紙を握りしめたまま、薔薇水晶が呟く。
「どうしてこんな事するの」
かたかたと震え始める。
「私のお父様なの」
「ば…」
「お願いだから、もう来ないで」
薔薇水晶は、鋭い目で睨みつけた。
その目に、雛苺は思わずぞくっとする。
「ち…違うの…」
「……」
「ヒナはただ……」
「やめて!」
「ひぐっ」
薔薇水晶の右手が、雛苺の首をつかむ。
※その2へ
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ローゼンメイデンの話「小さな恋の物語」その1














